ホーム > ニュース > 2014年10月10日

【ノーベル賞2014発表】物理学賞に日本人の赤崎勇・天野浩・中村修二さん、青色発光ダイオード(青色LED)の開発

【科学】ノーベル物理学賞に赤崎勇氏 天野浩氏 中村修二氏に!受賞理由は、青色発光ダイオード(青色LED)の開発に成功

2014年のノーベル物理学賞の受賞者に、青い光を放つLED=発光ダイオードの開発に成功し、フルカラーの大型画面の実現などさまざまな応用への道を開いた、名城大学教授の赤崎勇さんと、名古屋大学大学院教授の天野浩さん、カリフォルニア大学教授の中村修二さんの日本人研究者3人が選ばれました。

38e31bd4-s

赤﨑勇さんは鹿児島県出身の85歳。

京都大学を卒業後、当時の松下電器の研究所を経て、昭和56年に名古屋大学の教授になり、現在は、名古屋市にある名城大学の教授を務めています。

天野浩さんは静岡県出身の54歳。

名古屋大学を卒業したあと名城大学理工学部の教授を経て、平成22年から名古屋大学大学院の教授を務めています。

中村修二さんは愛媛県出身で60歳。

徳島大学大学院で半導体の研究を行ったあと、昭和54年に徳島県の化学メーカーに入社し、14年前からはカリフォルニア大学サンタバーバラ校で教授を務めています。

3人は、LEDの中でも製作が技術的に難しく、20世紀中の開発は無理とさえ言われた青色LEDの開発に取り組みました。当時、結晶の素材としてほとんど見向きもされていなかった窒化ガリウムに注目し、赤崎さんと天野さんは昭和61年に、青い光を出すのに必要な高品質の「窒化ガリウム」の結晶化に世界で初めて成功しました。さらに中村さんが平成5年、独自に開発した装置を使って、極めて明るい青色LEDの開発に世界で初めて成功し、世界中の研究者を驚かせました。

3人の成果によって赤・緑・青の光の3原色のLEDがすべてそろい、組み合わせによってあらゆる色が出せるようになりました。このため、フルカラーのディスプレイなど、さまざまな分野でLEDの実用化の可能性を広げました。波長の短い青い色を出す技術は、DVDなどの記憶容量を大幅に増やすことができるブルーレイディスクの開発にもつながり、大量の情報をやり取りする現代社会において欠かせない技術となっています。

こうした業績で赤崎さんと中村さんは、平成10年に世界の電子工学の優れた研究者に贈られる「ジャック・A・モートン賞」を受賞したほか、赤崎さんは平成16年に文化功労者を、中村さんは平成14年にアメリカのノーベル賞といわれる「ベンジャミン・フランクリン・メダル」を受賞しています。

また、天野さんは平成10年にイギリスの「ランク賞」を受賞しています。

日本人がノーベル賞を受賞するのは、アメリカ国籍を取得している南部陽一郎さんを含め、おととしの山中伸弥さんに続いて合わせて22人になります。物理学賞は6年前の平成20年に受賞した南部さんと益川敏英さん、小林誠さんの3人以来で、合わせて10人となります。

ノーベル物理学賞受賞者 3人の詳細な経歴・プロフィール

■ 赤﨑勇(あかさき いさむ)

ノーベル物理学賞 赤﨑勇

赤﨑勇(あかさき いさむ、1929年1月30日 – )は、日本の工学者。2014年度ノーベル物理学賞受賞者。

鹿児島県川辺郡知覧町(現・南九州市)出身。学歴は鹿児島県立第二鹿児島中学校から第七高等学校 (旧制)を経て京都大学理学部化学科卒業。松下電器産業東京研究所基礎研究室長、名古屋大学教授、名城大学教授等を経て、現在は名城大学終身教授、名古屋大学特別教授。工学博士(名古屋大学)。文化勲章受章者、文化功労者。

経歴
1946年 鹿児島県立第二鹿児島中学校卒業(40回)。
1952年 京都大学理学部化学科を卒業し、神戸工業(現富士通テン)に入社
1959年 – 1963年 名古屋大学助手、講師、助教授に就任
1964年 松下電器産業東京研究所基礎研究室長に就任
1981年 名古屋大学教授に就任
1992年 名古屋大学を定年退官し、同大名誉教授、名城大学教授に就任

窒化ガリウム (GaN) の結晶化に関する技術を開発し、世界初の高輝度青色発光ダイオード(青色LED)を実現させたことで有名である。青色LED関連の特許料を建設費の一部に用いて、名古屋大学東山キャンパス内に赤﨑記念研究館が建設され、2006年10月20日に開館した。

■ 天野浩 (あまの ひろし)

ノーベル物理学賞 天野浩

天野浩(あまの ひろし、1960年9月11日 – )は、日本の電子工学者。工学博士(名古屋大学)。専門は、半導体工学。名古屋大学大学院工学研究科教授。

経歴
1960年 静岡県浜松市出身
1983年 名古屋大学工学部電子工学科卒業
1988年 名古屋大学大学院博士課程終了
1988年 名古屋大学助手
1989年 名古屋大学、工学博士学位取得
1992年 名城大学理工学部講師
1998年 名城大学助教授
2002年 名城大学教授
2010年 名古屋大学教授

■ 中村修二 (なかむら しゅうじ)

ノーベル物理学賞 中村修二

中村修二(なかむら しゅうじ、1954年(昭和29年)5月22日 – )は、日本生まれ、アメリカ国籍の技術者、電子工学者。赤崎勇、天野浩と共に2014年のノーベル物理学賞を受賞することが決まった。元日亜化学工業社員、電子工学者、工学博士。 高輝度青色発光ダイオードや青紫色半導体レーザーの製造方法などの発明・開発者として知られる(青色発光ダイオード自体は以前からあったが、低輝度であった)。

アメリカ合衆国のカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)教授(Professor of Materials & ECE, Director of Solid State Lighting & Energy Center)、愛媛大学客員教授。

経歴
1973年:愛媛県立大洲高等学校普通科卒業。
1977年:徳島大学工学部電気工学科卒業。
1979年:徳島大学大学院工学研究科修士課程修了、日亜化学工業入社。
1987年:フロリダ大学電子工学部へ留学(1988年9月まで)。
1993年:高輝度青色発光ダイオードを開発。
1994年:徳島大学より「InGaN高輝度青色LEDに関する研究」で博士学位取得。
1999年:12月、日亜化学工業を退社。
2000年:カリフォルニア大学サンタバーバラ校・材料物性工学部教授に就任。
2002年:信州大学客員教授に就任。「青色発光半導体デバイスの開発」にて赤崎勇と天野浩とともに、「2002年武田賞」を受賞。
2004年1月30日:404特許の発明の対価の一部として、日亜化学工業に対して中村に200億円を支払うよう命じた(日亜化学工業側が控訴、東京高裁)。
2005年1月11日:404特許を含む全関連特許などの対価などとして、日亜化学工業側が約8億4000万円を中村に支払うことで和解が成立(東京高裁)。
2005年:水から容易に水素を取り出す原理の開発に成功。
2006年:愛媛大学客員教授に就任。
2006年9月8日:青色発光ダイオード(LED)など「革命的な発光デバイスの発明」を理由に、フィンランド政府などからミレニアム技術賞を受賞。
2007年1月:世界初となる、無極性青紫半導体レーザを開発したと発表。
2011年9月:大型ディスプレーなどの開発で先進的な役割を果たしたことが評価され、第63回エミー賞技術開発部門を受賞。
2014年10月7日(現地時間):ノーベル物理学賞受賞が発表された。

青色発光ダイオード(青色LED)って??

発光ダイオード(はっこうダイオード、Light Emitting Diode、LED)は、順方向に電圧を加えた際に発光する半導体素子のことである。

1962年、ニック・ホロニアックにより発明された。発明当時は赤色のみだった。

青色発光ダイオードは主に窒化ガリウム (GaN) を材料とする、青色の光を発する発光ダイオードである。青色LEDとも書かれる。日本の化学会社、日亜化学工業株式会社が大きなシェアを占めている。他の有力メーカーとしては、豊田合成、星和電機などがある。GaN系化合物を用いた発光ダイオードの開発とそれに続く青色半導体レーザーの実現により、紫外から純緑色の可視光短波長領域の半導体発光素子が広く実用化されるに至った。

赤崎、天野、中村の三名は青色発光ダイオードに関する業績が評価され、2014年のノーベル物理学賞を受賞した。

wikipediaより

ノーベル賞って?賞金額は?

ノーベル賞(ノーベルしょう)は、ダイナマイトの発明者として知られるアルフレッド・ノーベルの遺言に従って1901年から始まった世界的な賞のことである。物理学、化学、医学生理学、文学、平和、経済学の6分野で顕著な功績を残した人物に贈られる。

選考は「物理学賞」、「化学賞」、「経済学賞」の3部門についてはスウェーデン王立科学アカデミーが、「医学生理学賞」はカロリンスカ研究所が、「平和賞」はノルウェー・ノーベル委員会が、「文学賞」はスウェーデン・アカデミーがそれぞれ行う。

受賞者へは賞状とメダルと賞金が与えられる。受賞者に与えられる賞金は、ノーベルの遺言に基づき、彼の遺産をノーベル財団が運用して得た利益を原資としている。但し「経済学賞」は1968年に創設され1969年から授与されたが、その原資はスウェーデン国立銀行の基金による。そのため、この賞は正式名称を「アルフレッド・ノーベルを記念した経済学におけるスウェーデン国立銀行賞」としており、厳密にはノーベル賞には含めない場合も多い。

賞金額は、1000万クローネ(約1億2,000万円)が基準だが、世界不況で現在は800万クローネ(約1億円)と言われており、これらを分配する形になる。

日本人の歴代ノーベル賞受賞者一覧

受賞年名前部門受賞理由
1949年湯川秀樹 物理学賞陽子と中性子との間に作用する核力を媒介するものとして、中間子の存在を予言
1965年朝永振一郎 物理学賞「超多時間理論」と「くりこみ理論」、量子電磁力学分野の基礎的研究
1968年川端康成 文学賞人生の哀歓の幻想と美をみごとに描いた『雪国』及び『伊豆の踊子』・『千羽鶴』・『山の音』など
1973年江崎玲於奈 物理学賞半導体・超電導体トンネル効果についての研究、エサキダイオードの開発
1974年佐藤栄作平和賞国を代表して核兵器保有に終始反対し、太平洋地域の平和の安定に貢献
1981年福井謙一 化学賞「フロンティア電子軌道理論」を開拓し、化学反応過程に関する理論の発展に貢献
1987年利根川進 医学生理学賞「多様な抗体遺伝子が体内で再構成される理論」を実証し、遺伝学・免疫学に貢献
1994年大江健三郎 文学賞「個人的な体験」など、個人的な題材を掘り下げることで現代の人間の様相を描いた
2000年白川英樹 化学賞「伝導性高分子の発見と開発」を行い、分子エレクトロニクスの開発
2001年野依良治 化学賞「キラル触媒による不斉(ふせい)水素化反応の研究」、有機化合物の合成法発展に寄与
2002年小柴昌俊 物理学賞素粒子ニュートリノの観測による
新しい天文学の開拓
2002年田中耕一 化学賞生体高分子の同定及び
構造解析のための手法の開発
2008年南部陽一郎 物理学賞
2008年小林誠 物理学賞小林・益川理論とCP対称性の破れの起源の発見による素粒子物理学への貢献
2008年益川敏英 物理学賞小林・益川理論と
CP対称性の破れの起源の発見による素粒子物理学への貢献
2008年下村脩 化学賞緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と
生命科学への貢献
2010年鈴木章 化学賞クロスカップリングの開発
2010年根岸英一 化学賞クロスカップリングの開発
2012年山中伸弥医学・生理学賞iPS細胞の開発

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterでsponkyをフォローしよう!