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サツキとメイは死んでいた?トトロ都市伝説はデマ!都市伝説の真相とは?

サツキとメイは死んでいた?『となりのトトロ』に隠された衝撃の真相!

これまで幾度となく金曜ロードSHOWで放送されている『となりのトトロ』だが、毎回の視聴率は20%前後の高視聴率を記録し、その人気ぶりは衰える事を知らない。
また、ビデオソフトが190万本の驚異的なセールスを記録するなど、言わずと知れた宮崎駿監督の代表作である。

日本中の大人から子供までお茶の間で愛され続ける『となりのトトロ』だが、恐ろしい都市伝説がある事はご存知だろうか?

数年前からインターネット上でその恐ろしい都市伝説は広がり始め、宮崎監督の元にも問い合わせが殺到。

都市伝説の真相についてスタジオジブリが公式見解を発表(ページ下部に記載)する程の騒ぎになりました。
いったいどんな裏話なのか?ひとつひとつ検証していきたいと思います。

となりのトトロのあらすじ

(ネタバレ注意)
小学3年生のサツキと5歳になるメイは、入院中のお母さんを空気のきれいな家で迎えるために、お父さんと一緒に都会から田舎の一軒屋にと引っ越してきた。

ある日、メイは庭で2匹の不思議な生き物と遭遇。それはトトロというオバケで、メイが後をつけると森の奥では、さらに大きなトトロが眠っていた。
その頃、お母さんの回復が遅れ、退院が延びるという知らせが届く。どうしてもお母さんに会いたいメイは一人で山の向こうの病院を訪ねようとするが、途中で道に迷ってしまった。

サツキは村の人たちとメイを探すが見つからないので、トトロに助けを求める。果たして、二人は無事にお母さんに会えるのか…?田舎に引っ越してきた子供たちと、そこに住むオバケたちの心のふれあいを描いた宮崎駿のファンタジー・アニメーション!』

となりのトトロ

トトロの都市伝説とは?

上記のあらすじのとおり、となりのトトロは「サツキとメイが奇妙な生き物:トトロに出会い、数々の不思議な体験をしていく様子を描いたほのぼのファンタジー・アニメ」です。

ところが、現在ネット上に出回っている解釈は、「メイは池で溺れて死亡し、サツキはメイを捜すためにネコバスに乗って冥界を彷徨う。

その後、お母さんも結核で死亡。トトロの正体は、少女達をあの世へ連れ去る死神だった…!」という、なんとも恐ろしい真実があるのでは?という都市伝説がありました。
なぜ、そんな噂が立ったのでしょうか?

都市伝説① サツキとメイの影が無い

映画後半になると急にサツキとメイの影が消えている。このことから、「死んで幽霊になったために影が消えた」と解釈できる。

サツキ メイ 影

検証結果「影が無い」のはなぜ?

「メイは迷子になってから、そしてサツキはネコバスに乗ってから影が消えている」ということですが、実際に映画を観てみると確かに影がありません(厳密に言うと影を描いるシーンが少ない)。

しかし、これは意図的に影を省略して作画しているだけなのです。なぜ、そんなことになったのかと言うと、美術監督の男鹿和雄さんがアニメーションとしては前代未聞の背景描写にチャレンジしたからです。

本作の制作に入る前、男鹿さんは宮崎監督から「この映画では、今まで誰もやろうとしなかった、極めて難しいシーンに挑戦しますから覚悟しておいてください」と言われました。それは「背景で時間経過を表現する」という史上初の試みだったのです。この当時の状況を、男鹿和雄さんはインタビューで以下のように答えていました。

・サツキが迷子になったメイをさがす後半の背景は、時間経過を追って刻々と色合いが変わっていって、とてもきれいでしたね。

・「昨年の秋頃に宮崎さんから”今までのアニメーションで、やりたいけど出来ないから誰もやろうとしなかった、そういうシーンですから覚悟してください”と言われて…。」

・たとえば、正午と午後二時頃の風景というのは、どう描き分けるんですか?

・「”影”なんですね。物の真下に影が落ちれば真昼に見えますし、横に影が映るようになると、それから少し時間が経って陽が傾いた感じになる。あとは色の問題…。」

・というと?

・「サツキとカンタが本家へ走っていって、村を歩き回るシーンまでは、真昼の色ですね。道や木の葉にハイライトで白い部分があったり、コントラストを強くして明暗をくっきり分ける。それでも、ちゃんと影の部分に鮮やかなグリーンが残ってる。」

・その後は、メイとサツキが昼寝しているシーン。午後三時ぐらいですか?

・「時間は考えたことなかったけど、午後もかなり遅くなってますね。西日が強くなってきてるぐらいの時刻。井戸も影の中に入ってますからね。」

・これは、塚森の影?

・「いや、西側からの光ですから家の影ですね。ここは西日が強い感じを出すために、光が当たっている部分は黄色味を強くしてあるんです。そして、光と影の部分をはっきり二つに分けたんです。」

・陽射しが強いから?

・「それもあるんですが、この井戸端の場面は宮崎さんの演出的な理由もあるんです。おかあさんの病状が心配なサツキの不安な心の影を、画面で見せてやるというか…。」 (『ジブリ・ロマンアルバム となりのトトロ』より)

このインタビューの通り、サツキが迷子になったメイを捜す後半の背景は、時間の経過と共に刻々と色合いが変化していく様子が描写され、非常に美しい効果を発揮しています。

前半パートでは、明るい日差しの下ではっきりと表現されていた人物の影が、日の傾きと共に長くなり、日の当たる部分とのコントラストを強調していました。
一方、日が落ちてからの後半パートでは、必然的にそのようなコントラストが消滅するため、影を描く必要が無くなっただけなのです(良く見ると光が当たっている場面ではしっかり二人にも影が出来ている)。

都市伝説② 池に落ちていたサンダルはメイのもの

サツキは「メイのじゃない」と否定しているが、メイが履いていたサンダルと色や形が全く同じ。その後、メイがサツキに発見された時、サンダルを片方履いていない。よって、メイは池で溺れて死亡したと思われる。

検証結果 池に落ちていたサンダルはメイのでは無い

こちらに関しては宮崎監督本人が描いた絵コンテに答えがありました。

メイが履いているサンダル↓ ラインは1本で、色は薄いピンク
メイのサンダル

池で見つかったサンダル↓ 2本のラインが中央で交差し、色は白
メイのサンダル

二つを見比べると全然違うデザインであることが分かります。もちろん、迷子になった後もメイはサンダルをしっかり履いています。

都市伝説③ お母さんに会わないのは不自然

サツキとメイは母親の入院する病院を訪ねて松の木からトウモロコシを病室の窓に落とすが、なぜか直接会わずに帰ってしまう。
既に死んでいるから会えなかったのでは?

となりのトトロ

検証結果 お母さんに会わないのは不自然か?

「わざわざ病院まで行ったのに、会わずに帰ってくるのはおかしい!」と考えている人がいるようですが、これは敢えて会わなかったのだと思います。

メイがお母さんの所へ行こうと決心したのは、サツキの泣いている姿を見たからですよね?

退院が延びたことを聞いて悪い想像が広がり「もしかしたらお母さん……死んじゃったらどうしよう!」と大声で泣き出すサツキを見てメイは、「お姉ちゃんが泣いてる」、「お母さんの病気が悪くなってるんだ」、「トウモロコシを渡せば元気になるに違いない!」と思い込むわけです。

そして、ネコバスに乗って病院へ着いたら、お父さんと楽しそうに話している母親を見て、「お母さん笑ってるよ」、「大丈夫みたいだね」と安心する二人。
「死んでしまうかもしれない」と恐怖を感じていたサツキは、母親の無事を確認することで納得できました。

メイの方も「もう少し待っていればお母さんは帰ってくる」ということが理解できたのでしょう。
つまり、「トウモロコシだけ残して会わずに帰る」というシチュエーションは、今までお母さんに甘えていた幼い姉妹がちょっとだけ成長した様子を表現しているのですよ。

ジブリの教科書3 となりのトトロ (文春ジブリ文庫)より

都市伝説④ 二人の姿が両親には見えない

病床の母親がふと窓の外の木を見つめると、そこにサツキとメイが座っている。
ところが、「今…サツキとメイが笑ったような気がしたの」と二人の存在に気付いていない。なぜ二人の姿が見えなかったのか?

検証結果 単に気づかなかっただけ?

画面を見ると、病室から松の木まで距離があり、しかも枝の位置がかなり高い。

となりのトトロ

「見えなかったのではなく単に気付かなかっただけ」(サツキとメイが小さい声で喋っているのも、気付かれないようにするため)。

都市伝説⑤ お地蔵さんに「メイ」という文字が刻まれている

サツキがメイを探しているシーンで、フラッシュバックのように一瞬だけお地蔵さんが映る。そのお地蔵さんをコマ送りでよく見ると「メイ」という文字が刻まれている。普通に見ていたら絶対に気付かないのに、どうしてこんなシーンを入れたのか?

メイ 地蔵

検証結果 メイという文字は刻まれていない?

これも有名な都市伝説ですが、そんなシーンは存在しません。確かに、お地蔵さんが並んでいるそばで、迷子になったメイが座り込んでいる場面はあります。
そのお地蔵さんのどこにも「メイ」という文字は書かれていないようです。

都市伝説⑥ エンディングはサツキとメイが生きていた頃の回想シーン

全ての物語が終わった後、エンドロールで登場人物の”その後”が描かれる。しかし、実はこの映像は後日談ではなく、”回想シーン”なのだという。その証拠に、お父さんやお母さんの姿が劇中よりも明らかに若返っている。

サツキやメイ、そして母親も既に死亡しており、たった一人残された父親が「楽しかった頃の家族の思い出」を回想していたのだ。

検証結果 エンディングは回想シーンでは無い

病気が治り、タクシーに乗って家へ帰ってくるお母さん。それを嬉しそうに出迎えるサツキとメイ。登場人物たちの幸せそうなその後を描いたエンディングですが、果たしてこれが”回想シーン”なのでしょうか?

トトロ エンディング

都市伝説によると「父と母の姿が若返っている」とのことですが、映像を確認しても特に若返っているようには見えません。そもそも、父と母が若返っているなら、サツキとメイも同じように若返っているはずなのに、本編と全く変わりがないのはおかしいでしょう。

また、サツキとメイが着ている服にはトトロの形をした刺繍(アップリケ?)が縫い付けられているので、少なくとも「トトロと出会った後」の状況なのは明らかです。しかも、背景には枯れ葉が舞っているため、「5月に引っ越してきて夏にトトロと出会い、秋を迎える」という物語の時系列にも合致します。

さらに、引っ越し後に初めて出会ったカンタやお婆ちゃんまで登場しているのですから、どう考えても回想シーンでは有り得ません。つまり、この都市伝説は全くのデマということです。

都市伝説⑦ 原作の『隣のととろ』は地獄巡りを描いた恐怖小説

映画『となりのトトロ』には”幻の原作”と言われる小説版が存在する。その内容は、簡単に言ってしまうとサツキとメイの「地獄巡り」を描いた恐怖小説だ。

小説版のトトロは、「死期の近い人間の前にのみ現われる化け物」として描かれ、その容姿に関する描写も「胃がひっくり返りそうな程の濃密な獣臭。見上げると、そこに夜色の長い毛に全身を覆われた巨獣が居た」、「ずんぐりむっくりの毛むくじゃらで、大きな胴体に見合わず、針金を連想させる細長い手と足が十数本、ねじくれて出鱈目に生えていた」、「顔に当たる部分には目も鼻も耳も無く、顔の三分の一近くを占めるほどの、側頭部まで裂けた巨大な口から、血と腐りかけの魚のような生臭い臭いが漏れていた」など、映画とは全然異なっている。

また小説版の物語は、周囲の人々から迫害されて、お母さんは死亡。お父さんも酒に溺れてサツキとメイに暴力を振るうなど荒んだ生活が描かれている。
やがてメイは心が壊れてしまい、「お母さんに会いに行こう」と笑いながら自殺(!)。物語後半は、メイがお母さんに遭うために死後の世界を旅する展開に。

そしてサツキは、地獄に行ってしまったメイ(映画では”病院への道を間違える”という描写になっている)の魂を助けるために、生きたまま地獄へ行くことを決意。ネコバスに乗るシーンは「巨大なネコの化け物に食べられ、その胃の中で邪魔な肉体を溶かして魂だけになる」という設定になっている。

検証結果 ”幻の原作小説”とは何か?

そもそも『となりのトトロ』には原作がありません。
物語を考える際、筒井順子・作、林明子・画の絵本『あさえとちいさいいもうと』、『とんことり』などを参考資料として買い集めたそうですが、基本的には宮崎駿監督のオリジナル・ストーリーです(ちなみに、『あさえとちいさいいもうと』は「突然いなくなった幼い妹を捜す姉の話」、『とんことり』は「知らない土地に引っ越してきた少女が不思議なお友達と出会う話」)。

原作はありませんが、映画公開後に映画を元にした小説が出版されました(いわゆるノベライズ版)。
ただし、久保つぎこさんが執筆した小説版『となりのトトロ』では、「トトロとは孤独感に苛まれた姉妹が作り出した幻影である」と解釈しており、かなり映画版とは内容が異なっています。

このため、ネコバスに乗ったサツキはメイを見つけても声をかけることができず、一緒に病院へ行ってお母さんにトウモロコシを届ける場面も出て来ません。”幻の原作”とされる『隣のととろ』は、もしかしたらこの小説版を元に誰かが創作したのではないでしょうか。

都市伝説⑧ サツキとメイの魂の解放を描いている

宮崎駿監督は『となりのトトロ』の製作発表記者会見の席で、「この映画はサツキとメイの魂の解放なんです」と謎の発言をしている。いったいどういう意味なのか?

検証結果 発言自体していない?

宮崎駿監督は『となりのトトロ』の製作発表記者会見で意味深な発言をしている」という都市伝説ですが、そもそも宮崎監督はそんな発言をしていません。
当時の記者会見の資料にもそういう記録は残っていないし、言ったという証拠も無いのです。

可能性としては、同じ日に『火垂るの墓』の製作発表も行っていたので、もしそこで「清太と節子の魂が…」という話が出ていたとすれば、そちらと混同しているのかもしれませんね。

都市伝説⑨ 映画のストーリーは「狭山事件」を元に創作された?

1963年5月1日に埼玉県・狭山市で女の子が誘拐され殺されるという事件が発生した。この事件と『となりのトトロ』には奇妙な共通点が見受けられるという。

トトロ 狭山事件

(1) 『トトロ』の舞台は埼玉県所沢市で、狭山市と隣接している。

(2) サツキ(=皐月)とメイ(=May)はどちらも5月を表す名前であり、物語も事件が起きた時と同じ5月を描いている。

(3) 事件後に、行方不明になった妹を必死に探す姉の姿が目撃されている。

(4) 妹の遺体が見つかった時、姉は錯乱状態に陥り「猫のお化けを見た」「大きな狸に会った」などの謎の言葉を発したらしい。

検証結果 「狭山事件」との関係は?

『となりのトトロ』の舞台は、宮崎監督が実際に暮らしていた埼玉県所沢市と言われています(他にも、聖蹟桜ヶ丘、神田川、美術監督の男鹿和雄のふるさと秋田県など様々な場所が混ざっているらしい)。

また、サツキたちが住んでいる「松郷」という地名は所沢市に実在し、隣接する東村山市には「七国山」ならぬ「八国山」や病院も存在しています。

しかし、隣町の狭山市で起こった誘拐殺人事件との関連性については、正直”こじつけ”の印象が強いですね。まず、死亡した少女は当時16歳、姉は当時23歳でかなりの大人でした。また、「行方不明になった妹を姉が必死に捜していた」という記録もありません。

更に、錯乱状態に陥った姉が「猫のお化けを見た」「大きな狸に会った」などの謎の言葉を発した、という情報も後から付け加えられたもので信憑性は薄いようです。このように一つ一つの情報を正確に検証してみると、『となりのトトロ』と「狭山事件」はほとんど関連が無いということが明らかになりました。

↑の画像ので確認する限り狭山という文字が入っていただけで噂が広まったと考えられます。

http://d.hatena.ne.jp/type-r/20120713より引用

トトロの都市伝説の真実!スタジオジブリが公式発表

都市伝説が広まりすぎてしまった為、スタジオジブリはブログにて都市伝説に対し全面否定を発表しました。

「トトロは死神なんですか?」という一般の方からの問い合わせばかり。みなさん、ご心配なく。トトロが死神だとか、メイちゃんは死んでるという事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。最近はやりの都市伝説のひとつです。誰かが、面白がって言い出したことが、あっという間にネットを通じて広がってしまったみたいなんです。「映画の最後の方でサツキとメイに影がない」のは、作画上で不要と判断して略しているだけなんです。みなさん、噂を信じないで欲しいです。 ...とこの場を借りて、広報部より正式に申し上げたいと思います。

http://www.ghibli.jp/storage/diary/003717/

 

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